Archive for the ‘Basic Science’ Category

Genome Network Project

November 23, 2007

文科省のゲノムネットワークプロジェクトの一環として当研究室には1万8千を超えるヒト遺伝子に対するshRNAライブラリーが−80℃の冷凍庫に存在します。
プラスミドの状態で保存されているだけでなく、大腸菌のグリセロールストックとしても保存されていて、各遺伝子に対応するshRNAが敷き詰められた96wellプレートが何十枚も重ねられています。
プラスミドはpSuper-retroベクターをベースとしているのでレトロウイルスとして用いることができるだけでなく、一部の遺伝子についてはインビトロジェンのpENTRベクターに組み込まれているのでレンチウイルスとしても用いることができます。基本的に配列は1遺伝子につき1種類だけで、配列のデザインはsiDirectに倣っています。

プロジェクトに参加する研究機関はゲノムネットワークコンソーシアムメンバーとしてこのRNAiライブラリーを利用することができます。プロジェクトの中核的研究機関である理研と国立遺伝学研究所の他、東大を始めとして幾つかの研究機関がコンソーシアムを組織しています。RNAiライブラリーの構築は現在も進行中ですが、主な遺伝子については2年程前に利用可能な状態になりました。けれど国家プロジェクトとして多額の予算を投じて構築された貴重なRNAiライブラリーは未だ本邦で輝かしい研究成果を出していないどころか、国内の研究機関に有効活用されていないのが現状かもしれません。

僕はこれまで研究室で唯一このRNAiライブラリーを用いたスクリーニング実験を行ってきました。以前行っていたテロメアの研究も現在行っているOncogene induced senescenceの研究もいずれもこのRNAiライブラリーを用いて実験系をデザインしています。
今続けているスクリーニングを始めてもうすぐ1年が経ちますが、結構苦戦しています。
苦戦しても最終的にPositive Geneが取れればいいですが、ゴミだけでしたら当然論文にはなりません。

先日ゲノムネットの評価会があり、貧弱な研究内容をボスは発表せざるを得ませんでしたが、ボスはこのスクリーニングに少なからぬ期待を抱いています。
隣室の冷凍庫にRNAiライブラリーがあるとても恵まれた環境にありながら、それを有効利用できずに研究を終わらせたくない。
結果を出す。それがPositiveな結果であってもNegativeな結果であっても確かな実験結果を出すことが大切です。

Immortalization

November 3, 2007

Nature. 2007 Aug 16;448(7155):767-74.
The common biology of cancer and ageing.

1951年の冬、アメリカのJohns Hopkins病院で子宮頸癌と診断された31歳の一人の女性患者から培養細胞の研究は始まったと言えるかもしれません。
その女性患者の子宮頸部から得られた生検検体から世界で最初のヒト不死化培養細胞であるHela細胞が誕生しました。

手術や放射線療法もむなしく診断からわずか8ヶ月で永眠した彼女の命日に、Johns Hopkins大学の研究者Marth Geyはアメリカ国営テレビを通じてヒト不死化細胞の培養に成功したことを発表しました。彼は追悼の意を込めて、その細胞の名を彼女の名であるHenrietta LacksからHela細胞と名付けました。1951年10月のことです。

彼女が亡くなってから50年以上経った現在、Hela細胞は世界中の研究で使われています。31歳の若さで永眠した彼女の細胞は彼女が亡き今も世界中の研究所で生き続け、今日の癌研究に測り知れない貢献をしています。

癌細胞の最たる特徴は不死化かもしれません。
シャーレの培地の中で癌細胞は永遠に増殖します。止まることのない細胞周期、制御を逸脱した増殖機序の解明は癌研究の要といえるかもしれません。
正常な細胞はいずれは老化して増殖が止まりますが、癌細胞は不死化します。
この老化と不死化のメカニズムは現在でも未解明な部分が多い。

「細胞老化と癌化のメカニズム」
それが僕が取り組んでいる研究題目です。

Packaging Cell

October 30, 2007

Western blottingや免疫染色の成否が抗体に依存するようにウイルス実験の成否はパッケージング細胞に依存すると言っても過言ではありません。
どんなに実験を繰り返してもパッケージング細胞に問題があれば実験は徒労に終わる。

2000年に医科研の北村先生の研究室が作製したPlat細胞はPhoenix細胞に比して数ヶ月間安定したタイターを維持することが知られていますが、これはウイルス構成遺伝子にIRESを介して薬剤選択マーカーを連結することで、薬剤選択下で安定したウイルス構成遺伝子の発現を可能にしたことで達成された。
けれど薬剤選択を続けていても数ヶ月後にタイターは必ず落ちる。タイターの落ちた細胞を使っている以上は他の条件がどんなに適切であっても実験は徒労になる。

ウイルス実験において最も重要なことは若いパッケージング細胞を使うことだというのが僕の結論です。他の条件としてはウイルス感染後に短時間で抗生剤を含まない培地に交換することで薬剤選択後の生存率は抜群に上昇することを確認した。トランスフェクション試薬としてFugeneを用いる場合は添付文書にあるとおり試薬とDNAの量比が感染効率を劇的に変えるので、実験前にその評価をすることは必須です。細胞によっても違うと思いますが、Lipofectamine2000が感染効率を改善する印象はなく、トランスフェクションするDNA量が少ないFugeneの方が優れていると思います。発現ベクターの種類によって感染効率がかなり異なるのはプロモーターの違いよるものと思われます。現在レトロウイルスの一過性産生に一般的に用いられている293細胞は増殖が比較的早いため、トランスフェクション時の細胞密度はそれほど高くなくても感染効率を低下させることはない。またトランスフェクション後に培地交換をしても感染効率にはほとんど影響しないことも確認した。

癌細胞株であれば比較的容易にウイルス実験は成功しますが、正常細胞ではこれらの条件が実験の成否を左右する。

Death or Cancer

October 30, 2007

Nature Genetics 28, 266 – 271 (2001)
Genetic interactions between tumor suppressors Brca1 and p53 in apoptosis, cell cycle and tumorigenesis

Brca1Δ11/Δ11マウスはDNA damage反応による広範なアポトーシスにより妊娠後期に胎生致死になりますが、p53 ホモ欠損により胎生致死を免れる一方で乳腺腫瘍などの癌が生じることが知られています。
今月初めの癌学会で国立長寿医療センターの本山先生の研究グループはBrca1Δ11/Δ11マウスがChk2欠損によりDNA damage反応が起こるにも関わらずp53依存性アポトーシスが起こらず、結果としてリンパ腫や乳腺腫瘍などの発癌が認められることを報告しました。しかしながらこの発癌表現型はp53欠損のそれに比して弱いことから、DNA damageによる発癌過程にはp53によるアポトーシス以外の腫瘍抑制機序があることを想定してsenescenceに着眼した研究を進めています。

Chk2欠損Brca1Δ11/Δ11マウスを用いたvitroとvivoの実験により、結論としてDNA damage反応によるsenescenceはChk2非依存的であり、ATM-Chk2非依存性のp53によるDNA damage induced senescenceが腫瘍抑制機序に機能していると報告しています。

実験ではDNA damage signalとして放射線を用いていて、急性のDNA damage反応によるアポトーシスが早期の発癌抑制に働き、senescenceは遅延性の発癌抑制に働くというモデルを示していました。

A jewel in sandhill

April 29, 2007

Nature. 1970 Jun 27;226(5252):1211-3.
RNA-dependent DNA polymerase in virions of Rous sarcoma virus.
Temin HM, Mizutani S.

僕の研究室のボスはよく逆転写酵素を発見したHoward. M. Teminの話を挙げます。
セントラルドクマを覆した科学史の大きなパラダイムチェンジである逆転写酵素の発見にはサイエンスの常識に対峙する一人のサイエンティストの固い信念があったに違いありません。

科学史を顧みると、砂丘に埋もれた宝石を探すような途方もない努力の中で奇跡的に宝石を見つけることができたほんの一握りの科学者が歴史に名を刻む一方で、数多の科学者が砂丘に身を投じて二度と陽を見ることなく埋もれていったことを僕らは想像することができます。

信念と忍耐は科学者に必要な条件かもしれませんが、方向や手段を誤れば永遠に光を見ることはできません。
サイエンスは海図のない大航海時代に似ているかもしれません。
地図があるから進むのではありません。研究は未知への航海です。その先に大陸があると誰が断言できるでしょうか。
重要な舵取りの判断で研究者の運命は決まるとボスは言います。けれどその判断は難しい。

最初の癌抑制遺伝子であるRbの単離やインスリンの発見は砂丘に埋もれた宝石の発見と例えることができるかもしれません。科学史上の大発見には運があったと後世の人々は言うことができるかもしれません。
けれど科学的根拠に基づいて研究者自身が描いた海図をどんな不安な状況でも離さなかった信念があったことは大発見にも共通する事実かもしれません。

Thyroid hormone

April 29, 2007

今の時期は都会でも公園の池などには多くのオタマジャクシを見つけることができます。
先週末に行った本郷給水所公園でもたくさんのオタマジャクシを見ることができました。

チロシンのリン酸化が生物学的に大変重要であることはよく知られていますが、甲状腺ホルモンはその生物学的活性を発揮するためにチロシンのヨウ素化を必要とすることが大きな特徴です。
諸外国では土壌中にヨウ素が少なく、そのため食物中に含まれるヨウ素が少ないためにヨウ素欠乏症が起こりやすいことが知られています。
660kDという巨大なタンパク質であるthyroglobulinのヨウ素化を経て、甲状腺ホルモンであるT3(triiodothyronine)とT4(thyroxine)は産生されます。甲状腺機能低下症に対してはホルモン補充療法として合成T4(levothyroxine)を経口投与します。

甲状腺ホルモンの重要性はそれがないとオタマジャクシがカエルに変態できないことでよく知られていますが、ヒトの正常な発育にも甲状腺ホルモンは必要です。先天性甲状腺機能低下症では治療が遅れると永続的な脳障害を来たし、重症かつ不可逆的な知能発達障害を残すため、日本では新生児マススクリーニングで全ての新生児を対象に甲状腺機能の検査が行われています。

夏が近づきカエルの大合唱が聞こえてくる頃、甲状腺ホルモンの生理的重要性とヨウ素という稀少元素を利用するために生命が備えたメカニズムを思い出すことができます。

Culture

March 27, 2007

Cultureの和訳は「文化」であり「培養」でもあります。
人々が違うと文化が異なるように、細胞の種類が異なると適当な培地も異なります。
MEMやDMEMは多くの種類の細胞を培養することができるユニバーサル培地のような印象を持つかもしれませんが、その理想的な培地組成を作るために長い経験的実験の歴史があったことは想像に難くありません。

ニューヨークのような多種多彩な人々が生活する多民族都市はMEMやDMEMに例えることができるかもしれません。けれどすべての人々がニューヨークになじめるとは限りません。たとえ生活できていても周りの環境から様々なストレスを受けている人々もいることでしょう。

僕と同じ研究グループに癌幹細胞の単離を試みている学生がいますが、癌検体から腫瘍細胞を初代培養することだけでも培地の組成がいかに重要かということを伺うことができます。癌幹細胞研究はまだ黎明期にあるので、多くの試行錯誤が必要とされるとても困難な実験です。

癌の初代培養はともかく、最近まで僕は正常ヒト線維芽細胞の培養に難渋していました。
他の人の調整したMEMでは元気に育つのに、なぜか僕が作ったMEMだと育たないで死んでしまう。
初めは加えたグルタミンがいけなかったのかと思い、作り直しましたがやっぱり育たない。
最終的に原因は粉状のMEMを水で溶解する時間が短かったためだとわかりました。
以前は10分間くらいマグネットスターラーでかき混ぜてからオートクレーブしていましたが、その時間を長くしてからオートクレーブした結果、元気に育つようになりました。その細胞の培養に必要とされるアミノ酸か何かが溶解に時間がかかるものだったのだろうかと今は思っています。

興味深いことに以前作ったMEMでは正常ヒト線維芽細胞は育ちませんが、正常マウス線維芽細胞は通常通り育ちます。同じ線維芽細胞でもヒト細胞はマウス細胞より栄養要求性が高いのか、培養条件が厳しいようです。

比較的培養しやすいHela細胞も以前作った培地で問題なく培養できました。癌細胞はある程度いい加減な培地でも育ちそうな印象があります。けれどこれまで僕が作った培地で癌細胞の培養ができなかったことはないものの、何らかのストレスを受けて育っていたのかもしれません。

シャーレに広がる細胞は決してモノクローナルな集団ではありません。継代を重ねるにつれて細胞は周囲からストレスを受けてヘテロジェネティックになっていきます。それを十分認識した上で実験科学者は結果を評価する必要があります。
Hela細胞であれば世界中どこでも同じ実験結果が出るとは限りません。培養が容易である反面、長期間の培養後には起こした時とはかなり異なる細胞に変化している可能性があります。育てばいいというのではなく、周りの環境とそれに適応して選択される状況を理解することは細胞培養だけでなく、人間社会でも必要な認識かもしれません。

細胞培養でも人間社会でも文化を尊重しましょう。

Cancer research symposium in Tokyo

March 1, 2007

平成18年度 文部科学省 科学研究費補助金 がん研究に係わる特定領域(がん特)の「がん特定領域合同シンポジウム」が先月東京大手町の経団連会館で行われました。
大手町までは地下鉄で10分くらいなので、今日は興味のある演題を聞きに行ってきました。
京都大学医学研究科分子生体統御学講座分子腫瘍学分野の高橋先生の演題「RbとN-rasの遺伝学的関係と癌化」は興味深かった。

Rb-/+マウスにN-rasを追加欠損させると下垂体腺癌の腫瘍は抑制されるのに対して、カルシトニン産生細胞アデノーマでは逆に悪性化することを過去に報告していましたが(Nature Genetics 38, 118-123, 2006)、この時H3K9やp16などのsenescenceマーカーが消失することを免疫組織染色で確認し、その効果が正常N-rasによってレスキューされることをvivoで確認することで、Rb欠損による癌化に対して正常N-rasがsenescenceを介してtumor suppressorとして働いていることを示していました。またこのsenescenceはテロメアindependentであり、OIS(oncogene induced senescence)に似ていることをDNA damageマーカーなどを用いて示していました。

Tumor suppressor geneとして有名なRbの欠損を癌化のinitiationとして位置づけ、正常N-rasがsenescenceを惹起することでTumor suppressorとして働くというシナリオは興味深かった。

一言にRasといってもH-ras, N-ras, K-rasでは働きがかなり異なることはヒト初代培養メラノサイトでも確認されている(Nat Cell Biol. 2006 Oct;8(10):1053-63)。この演題内容もあくまでN-rasの働きであって、MEFを使ったコロニーフォーメーションアッセイではK-rasはsenescenceをレスキューできなかったことも示していました。

このモデルは線維芽細胞やメラノサイトや神経内分泌細胞などの限られた細胞種においてのみ成り立つともおっしゃっていて、OISの機序は組織によって大分異なることが予想される。

この演題の多くはUnpublished Dataであったことからとても興味深かった。

Vector Bank

March 1, 2007

必要なベクターを最初から自分で作製するのは必ずしも簡単ではありません。
時間と労力と費用を考慮すると、DNAバンクから買った方が賢い場合があります。
DNAバンクを研究手段の選択肢に広げることは効率的に研究をするために重要なことだと思います。

日本では理研やJCRBのDNAバンクが有名です。
それらのバンクにない場合、皆さんはどうしますか?

そのベクターをもっているラボにリクエストをすることは一般的かもしれませんが、譲ってくれるという保証がない上にそれらのベクターが「ちゃんとした」ベクターであるという保証がありません。さらにそのベクターについての情報が乏しい場合があります。
正確なベクター配列やORFの位置や制限酵素サイトの情報がなければ、実験がうまくいかない場合に適切なトラブルシューティングができません。何年も前に使われていたベクターを持ち出した場合も同様です。

外国の研究室は日本の研究室よりも提供してくれる情報が乏しい気がするのは僕だけでしょうか。日本の研究者から譲り受ける場合はリクエストしやすいうえに失敗した時に何かと相談しやすい。
リクエストはベクターをもらえばそれで済むというわけではありません。失敗した時のことを考えると、譲与してくれたラボとのコミュニケーションは大切なのです。だからリクエストする場合はもらった後のことをよく考える必要があります。

先日僕はアメリカのAddgeneというNPOからベクターを買いました。
ベクター1つUS$65で決して高くありません。日本に送る場合はTAXを含めてUS$50くらい余計にかかりますが、少なくとも業者から買うよりは安い。
なにより「ちゃんとした」ベクターであるし、きちんとしたベクター情報が載っている。

メールでオーダーを出してからMTAにサインしてFAXを送ってから6日で東京に着きました。
スタブの状態で送られてくるのでそのままLB培地に入れて振れば翌日にはミニプレできるので、FAXを出してから1週間でプラスミドの抽出が可能です。
制限酵素で切って大丈夫そうなのを確認した後、ウイルスを作るためPackaging CellへのTransfectionに取りかかっています。

ベクターの数は豊富ではありませんが、いかに効率的に研究をするかを考えてマテリアルの選択肢を広げることは重要なことだと思います。

Addgene:http://www.addgene.org/pgvec1

他にもお勧めのバンクをご存知の方がいらっしゃいましたら是非教えて下さい。