Human iPS cells

November 23, 2007 by Dr.Naoki

Cell 131, 1-12, November 30, 2007
Induction of Pluripotent Stem Cells from Adult Human Fibroblasts by Defined Factors

最新号のCellのImmediate Early Publicationに掲載された上記論文は京大の山中先生の研究グループによるヒトiPS細胞樹立の報告です。以前僕はiPS細胞という記事を書いたことがありましたが、今回彼らはヒトの皮膚線維芽細胞からiPS細胞を樹立することに成功しました。

ヒト線維芽細胞(HDF)はMEFに比べてレトロウイルスの感染効率が低いことは経験的事実です。彼らはGFP導入効率20%以下というHDFの低い感染効率を向上させるため、マウス受容体であるSlc7a1をレンチウイルスによってHDFに導入することでヒト細胞にエコトロピック受容体を発現させた。ウイルス受容体の宿主域を変えることで感染効率を向上させた点ではVSV-Gと同じですが、彼らはこの方法によりHDFの感染効率をMEF並みに上昇させることに成功したと述べています。

36歳の白人女性の顔面皮膚から得られた皮膚線維芽細胞にOct3/4、Sox2、Klf4、c-Mycの4種類の遺伝子をPlatEで産生させたレトロウイルスにより導入し、6日間10%FBS添加DMEMで培養した後にフィーダー細胞上に捲き、その後bFBS添加ES培地で24日間培養することでヒトiPS細胞樹立に成功した。

Genome Network Project

November 23, 2007 by Dr.Naoki

文科省のゲノムネットワークプロジェクトの一環として当研究室には1万8千を超えるヒト遺伝子に対するshRNAライブラリーが−80℃の冷凍庫に存在します。
プラスミドの状態で保存されているだけでなく、大腸菌のグリセロールストックとしても保存されていて、各遺伝子に対応するshRNAが敷き詰められた96wellプレートが何十枚も重ねられています。
プラスミドはpSuper-retroベクターをベースとしているのでレトロウイルスとして用いることができるだけでなく、一部の遺伝子についてはインビトロジェンのpENTRベクターに組み込まれているのでレンチウイルスとしても用いることができます。基本的に配列は1遺伝子につき1種類だけで、配列のデザインはsiDirectに倣っています。

プロジェクトに参加する研究機関はゲノムネットワークコンソーシアムメンバーとしてこのRNAiライブラリーを利用することができます。プロジェクトの中核的研究機関である理研と国立遺伝学研究所の他、東大を始めとして幾つかの研究機関がコンソーシアムを組織しています。RNAiライブラリーの構築は現在も進行中ですが、主な遺伝子については2年程前に利用可能な状態になりました。けれど国家プロジェクトとして多額の予算を投じて構築された貴重なRNAiライブラリーは未だ本邦で輝かしい研究成果を出していないどころか、国内の研究機関に有効活用されていないのが現状かもしれません。

僕はこれまで研究室で唯一このRNAiライブラリーを用いたスクリーニング実験を行ってきました。以前行っていたテロメアの研究も現在行っているOncogene induced senescenceの研究もいずれもこのRNAiライブラリーを用いて実験系をデザインしています。
今続けているスクリーニングを始めてもうすぐ1年が経ちますが、結構苦戦しています。
苦戦しても最終的にPositive Geneが取れればいいですが、ゴミだけでしたら当然論文にはなりません。

先日ゲノムネットの評価会があり、貧弱な研究内容をボスは発表せざるを得ませんでしたが、ボスはこのスクリーニングに少なからぬ期待を抱いています。
隣室の冷凍庫にRNAiライブラリーがあるとても恵まれた環境にありながら、それを有効利用できずに研究を終わらせたくない。
結果を出す。それがPositiveな結果であってもNegativeな結果であっても確かな実験結果を出すことが大切です。

Stomach cancer examination

November 11, 2007 by Dr.Naoki

Cancer Sci. 2005 Oct;96(10):713-20
Gastric cancer screening of a high-risk population in Japan using serum pepsinogen and barium digital radiography.

Scand J Gastroenterol. 2007 Jun;42(6):760-4
Reduction in gastric cancer mortality by screening based on serum pepsinogen concentration: a case-control study.

僕の非常勤勤務先の病院がある東京都葛飾区では区の住民健診で胃癌検診として血清ペプシノゲン検査を行っています。
血清中のペプシノゲン値は幽門線から口側に進展する胃粘膜の萎縮性変化を反映して低下することが知られていることから、萎縮性胃炎の診断マーカーとされています。胃癌検診のためにペプシノゲン法を採用する理由は萎縮性胃炎が胃癌のハイリスクグループであるという報告に基づいています。

上記論文はいずれも本邦で行われた研究で、前者の論文はペプシノゲン法とバリウムX線検査を併用した胃がん検診(二段階法)の結果からペプシノゲン法が従来行われていたバリウムX線検査と同等の精度を有することと費用対効果比がバリウムX線検査よりも優れていることを報告し、両者を併用した検診の有用性と合理性を主張しています。後者の論文は13年間の溯及的症例対照研究によってペプシノゲン検査が単独で胃癌死亡率を減少させたと報告しています。

東京都葛飾区は全国で初めて住民健診に二段階法を導入した自治体です。葛飾区保健所が作成したマニュアルではペプシノゲン検査が陽性となると内視鏡検査を行い、陰性だとバリウムX線検査を行うことが推奨されているので、どちらにしても何らかの二次検査を行うことになってしまいます。ペプシノゲン検査も当然偽陰性を避けられないので、陰性だからといって胃癌の存在を完全に否定することはできません。ですからペプシノゲン陰性胃癌を逃さないためにペプシノゲン検査陰性の方にはバリウムX線検査を行うというのが理屈なのですが、僕は以前からその意義に疑問を感じていました。

厚労省三木班がこれまで推奨してきた二段階法を行う根拠となる研究はほとんどが日本語文献に過ぎず、エビデンスが乏しすぎる。また国立がんセンターの有効性評価に基づく胃がん検診ガイドラインではペプシノゲン法は胃がん死亡率減少効果に関する精度の高い研究がなされていないとして評価を保留されています。

結果は後から評価されるので新しいことを行うためには必ずしも確固たるエビデンスが必要だとは思いませんが、住民健診に採用する以上は優れた疫学調査を求めたい。

最近になって二段階法に代わりヘリコバクターピロリの血清抗体価とペプシノーゲン検査を併用した胃がん検診の有用性が確認されたことから、今後は「一次スクリーニングはヘリコバクターピロリ抗体測定とペプシノーゲン法で行い、二次スクリーニングは内視鏡検査」というHp・PG併用胃がん検診が効率的かつ経済的に胃がん死亡率減少をもたらす胃がん検診になると、厚労省胃がんスクリーニングのハイリスクストラテジーに関する研究班主任研究者であり日本消化器内視鏡学会会長の三木先生は結論づけています。
今後はHp・PG併用胃がん検診が全国に普及することが予想されます。

Immortalization

November 3, 2007 by Dr.Naoki

Nature. 2007 Aug 16;448(7155):767-74.
The common biology of cancer and ageing.

1951年の冬、アメリカのJohns Hopkins病院で子宮頸癌と診断された31歳の一人の女性患者から培養細胞の研究は始まったと言えるかもしれません。
その女性患者の子宮頸部から得られた生検検体から世界で最初のヒト不死化培養細胞であるHela細胞が誕生しました。

手術や放射線療法もむなしく診断からわずか8ヶ月で永眠した彼女の命日に、Johns Hopkins大学の研究者Marth Geyはアメリカ国営テレビを通じてヒト不死化細胞の培養に成功したことを発表しました。彼は追悼の意を込めて、その細胞の名を彼女の名であるHenrietta LacksからHela細胞と名付けました。1951年10月のことです。

彼女が亡くなってから50年以上経った現在、Hela細胞は世界中の研究で使われています。31歳の若さで永眠した彼女の細胞は彼女が亡き今も世界中の研究所で生き続け、今日の癌研究に測り知れない貢献をしています。

癌細胞の最たる特徴は不死化かもしれません。
シャーレの培地の中で癌細胞は永遠に増殖します。止まることのない細胞周期、制御を逸脱した増殖機序の解明は癌研究の要といえるかもしれません。
正常な細胞はいずれは老化して増殖が止まりますが、癌細胞は不死化します。
この老化と不死化のメカニズムは現在でも未解明な部分が多い。

「細胞老化と癌化のメカニズム」
それが僕が取り組んでいる研究題目です。

Packaging Cell

October 30, 2007 by Dr.Naoki

Western blottingや免疫染色の成否が抗体に依存するようにウイルス実験の成否はパッケージング細胞に依存すると言っても過言ではありません。
どんなに実験を繰り返してもパッケージング細胞に問題があれば実験は徒労に終わる。

2000年に医科研の北村先生の研究室が作製したPlat細胞はPhoenix細胞に比して数ヶ月間安定したタイターを維持することが知られていますが、これはウイルス構成遺伝子にIRESを介して薬剤選択マーカーを連結することで、薬剤選択下で安定したウイルス構成遺伝子の発現を可能にしたことで達成された。
けれど薬剤選択を続けていても数ヶ月後にタイターは必ず落ちる。タイターの落ちた細胞を使っている以上は他の条件がどんなに適切であっても実験は徒労になる。

ウイルス実験において最も重要なことは若いパッケージング細胞を使うことだというのが僕の結論です。他の条件としてはウイルス感染後に短時間で抗生剤を含まない培地に交換することで薬剤選択後の生存率は抜群に上昇することを確認した。トランスフェクション試薬としてFugeneを用いる場合は添付文書にあるとおり試薬とDNAの量比が感染効率を劇的に変えるので、実験前にその評価をすることは必須です。細胞によっても違うと思いますが、Lipofectamine2000が感染効率を改善する印象はなく、トランスフェクションするDNA量が少ないFugeneの方が優れていると思います。発現ベクターの種類によって感染効率がかなり異なるのはプロモーターの違いよるものと思われます。現在レトロウイルスの一過性産生に一般的に用いられている293細胞は増殖が比較的早いため、トランスフェクション時の細胞密度はそれほど高くなくても感染効率を低下させることはない。またトランスフェクション後に培地交換をしても感染効率にはほとんど影響しないことも確認した。

癌細胞株であれば比較的容易にウイルス実験は成功しますが、正常細胞ではこれらの条件が実験の成否を左右する。

Death or Cancer

October 30, 2007 by Dr.Naoki

Nature Genetics 28, 266 – 271 (2001)
Genetic interactions between tumor suppressors Brca1 and p53 in apoptosis, cell cycle and tumorigenesis

Brca1Δ11/Δ11マウスはDNA damage反応による広範なアポトーシスにより妊娠後期に胎生致死になりますが、p53 ホモ欠損により胎生致死を免れる一方で乳腺腫瘍などの癌が生じることが知られています。
今月初めの癌学会で国立長寿医療センターの本山先生の研究グループはBrca1Δ11/Δ11マウスがChk2欠損によりDNA damage反応が起こるにも関わらずp53依存性アポトーシスが起こらず、結果としてリンパ腫や乳腺腫瘍などの発癌が認められることを報告しました。しかしながらこの発癌表現型はp53欠損のそれに比して弱いことから、DNA damageによる発癌過程にはp53によるアポトーシス以外の腫瘍抑制機序があることを想定してsenescenceに着眼した研究を進めています。

Chk2欠損Brca1Δ11/Δ11マウスを用いたvitroとvivoの実験により、結論としてDNA damage反応によるsenescenceはChk2非依存的であり、ATM-Chk2非依存性のp53によるDNA damage induced senescenceが腫瘍抑制機序に機能していると報告しています。

実験ではDNA damage signalとして放射線を用いていて、急性のDNA damage反応によるアポトーシスが早期の発癌抑制に働き、senescenceは遅延性の発癌抑制に働くというモデルを示していました。

Wnt signal and senescence

September 28, 2007 by Dr.Naoki

Molecular Cell 27, 183–196, July 20, 2007
Downregulation of Wnt Signaling Is a Trigger for Formation of Facultative Heterochromatin and Onset of Cell Senescence in Primary Human Cells

Wntシグナル伝達とsenescenceの関係はおそらく単純ではない。
今年7月のMolecular Cellに掲載された上記論文はヒト正常線維芽細胞において内在性のWnt2がGSK3βによるHIRAのリン酸化を介してsenescenceを負に制御することをVitroで示していますが、この論文と前回紹介したScienceの論文には矛盾する点が少なくない。

Wntの種類によってsenescenceに対する影響は異なる。
Molecular Cellの論文からヒト正常線維芽細胞において内在性のWnt2がsenescenceを抑えていることは確からしい。またWnt5a/bはsenescenceか否かに関わらず転写レベルの発現の変化はないようです。
Wnt1はScienceの論文でK5rtTA/tet-Wnt1マウスを使った実験結果があり、ドキシサイクリン処理によって皮膚のγH2AX染色陽性が確認されています。

Wnt3については両者で結果が異なる。
Molecular Cellでは replicative senescenceがWnt3a conditioned mediumとrecombinant Wnt3aによって抑えられることをSAHFの形成、HIRAのPMLへの移動、BrdU、細胞数で示しています。またRas induced senescenceがWnt3a conditioned mediumとrecombinant Wnt3aによって抑えられることもBrdUで示しています。細胞はWI38を使っています。
Scienceでは主にMEFを使っていますが、Wnt3a conditioned mediumとrecombinant Wnt3aによってsenescenceが惹起されることをBrdU、SA-βGal染色、免疫染色(HP1α/γH2AX/53BP1/p-ATM)、増殖曲線によって示しています。またWI38でもWnt3aによってsenescenceが惹起されることを増殖曲線と免疫染色(HP1α/γH2AX/53BP1/p-ATM)で示しています。

同じ細胞(WI38)を使った実験でも両者で結果が異なる。
実験上の違いとしてはWnt3aの濃度がScienceでは10-30ng/ml、Molecular Cellでは50-75ng/mlであることと、細胞年齢がScienceではP12-22、Molecular CellではPD43-65であることくらいです。

Molecular CellではSupplemental Figureの最後にβ-cateninによってWI38の増殖抑制が認められることをBrdUで示した図を載せていますが、この説明としてはDiscussionの中でWntシグナルとsenescenceには複合的経路が存在するようだという記述をしているのみです。

研究者は常に真実を追求していますが、何年か実験を続けていると真実というのは畢竟するところ歴史にしか証明され得ないように思う時があります。
実験結果を変えうる様々な要因をどれだけ把握できるか、再現性を得るにも失うにもこの知識が実験科学者の力量ではないかと思うことがあります。

Wnt signal and aging

August 24, 2007 by Dr.Naoki

Science 317, 803 (2007)
Augmented Wnt Signaling in a Mammalian Model of Accelerated Aging

Klothoという遺伝子のノックアウトマウスは早期に老化現象が現れるマウスとして知られています。この特徴的な表現型に潜むメカニズムに迫る論文が今月初めのScienceに掲載されました。

Klothoノックアウトマウスでは皮膚や小腸等の組織でstem cellやprogenitor cellの数が減少し、代わりにsenescence cellが出現していることを確認し、293細胞でKlothoとWnt3の発現分布が重複していることを発端にKlothoがWntシグナルと相互作用することを証明し、TOPGALマウスとの交配によりKlothoノックアウトマウスの組織でWntシグナルが亢進していることを示し、最後にWntシグナルがcellular senescenceを惹起することをvitroとvivoで示しています。

簡単に言うと、KlothoはWntシグナルを抑えていて、KlothoがなくなるとWntシグナルが亢進してcellular senescenceになり、それが個体の老化促進に寄与しているようだという内容です。KlothoとWntシグナルとsenescenceをvitroとvivoで見事に結びつけたこの研究はScienceに掲載されるだけの大きな業績だと思います。

Wnt signalとsenescenceに関する論文は僕が渉猟する限り2001年のEMBO以外に報告がありませんでしたが、先月のMolecular Cellに続いて今回の論文が発表されました。Wnt induced senescenceという新しい概念は僕が現在進めている研究でもあり、今回発表された論文のFigureの幾つかは僕の出している結果と重複しています。
今回の論文の紹介を通じてボスを交えてDiscussionをしなければいけません。

Membranous nephropathy

August 19, 2007 by Dr.Naoki

Kidney Int. 2007 May;71(9):841-3.
Membranous nephropathy: when and how to treat.

Am J Kidney Dis. 2005 Dec;46(6):1012-29.
Idiopathic membranous nephropathy: outline and rationale of a treatment strategy.

膜性腎症の治療については現在も様々なトライアルがなされていて、コンセンサスを得た治療法は依然として確立されていませんが、現在までに少なからぬエビデンスが蓄積されています。

現在日本の治療指針としては厚労省特定疾患進行性腎障害に関する調査研究班が2002年に報告した「難治性ネフローゼ症候群(成人例)の診療指針」が知られています。この中で膜性腎症に対する治療指針としてステロイド単剤で治療を開始することが記載されています。ステロイド単剤治療群とステロイド+シクロフォスファミド併用治療群と非使用群の3群(合計847例)を対象にした後ろ向き研究において非使用群に比してステロイド単剤群が有意に予後が良好であり、ステロイド単剤群とステロイド+シクロフォスファミド併用群の間に予後の有意差が認められなかったことがその根拠になっていますが、海外ではステロイド単剤治療が無効であるという報告や免疫抑制剤とステロイド併用療法の有効性を主張する報告が蓄積されるにつれて、ステロイド単剤治療は無効とのコンセンサスが既に形成されつつあります。

多種の免疫抑制剤が導入される中で現在最もコンセンサスが得られている治療法はステロイド+クロラムブチル/シクロフォスファミド併用療法と思われますが、確固たるエビデンスは乏しく、MMF、シクロスポリン、タクロリムス、ACTH、リツキシマブ、アザチオプリンなどを使用した新たなトライアルが進行中の現状を鑑みるとコンセンサスの確立にはまだ遠い印象を抱きます。

日本の治療指針でもこの状況を考慮して「ステロイド療法を主療法として免疫抑制剤を積極的に併用する」との記載をしていますが、ステロイド単剤治療が有効であったという報告は先の厚労省の報告を除いて海外の論文に見つけ難く、現時点ではステロイド単剤治療を行う科学的根拠は非常に乏しいと言わざるを得ません。

上記2論文は最近のレビューとして参考になります。また「難治性ネフローゼ症候群(成人例)の診療指針」は日本腎臓学会のホームページからダウンロード可能です。

ENCODE

July 3, 2007 by Dr.Naoki

Nature. Vol 447. 14 June 2007
Identification and analysis of functional elements in 1% of the human genome by the ENCODE pilot project

ヒトゲノムという広大なフロンティアにはまだ我々人類が知らない未知の世界が広がっています。
ヒトゲノムの全塩基配列を解読するヒトゲノムプロジェクトがホットトピックとなってから早数年。あの頃NHKスペシャルでアメリカのセレラ社のシークエンサーが列をなしてフル稼働している映像を見て生命科学の新時代の幕開けを感じたものです。

その後の目覚ましい科学技術の進展によって加速したヒトゲノムプロジェクトによって、果たして人類はATGCの遺伝暗号が敷き詰められた広大なゲノムのフロンティアを見渡すことができるようになりました。

2004年10月のScienceにENCODEプロジェクトが発表されてから3年を待たずして、パイロットプロジェクトとして計画されたゲノムの1%にあたる30Mbの機能解析が完了し、先月Natureに報告されました。

ENCODE(The Encyclopedia of DNA Elements)はDNAの百科事典と略されますが、 遺伝暗号に秘められた機能を解き明かすゲノムワイドの実験はその名に相応しい人類の挑戦と言えるかもしれません。
そこから明らかになった知られざる転写と翻訳のメカニズムを今回のパイロットプロジェクトは提供しています。

現在のサイエンスの筆頭に挙げられるほど目覚ましい進展を続ける生命科学は個々の遺伝子の分子生物学的研究の膨大な蓄積によって相当の機能解析がなされていることは事実です。
けれどENCODEでしかできない研究、つまり国際的視野に立って各国の専門家と資材を科学的インフラとして統合し、各国の秀逸な人材と巨額の資金を投じる世界規模の共同研究にはそれにしかできない大きな成果が期待できます。

パイロットプロジェクトの対象とされた30Mbは44のゲノム領域に位置していて、15Mbは既に生物学的解明が成されている14領域で、残りの15Mbは無作為抽出法によって選択された30領域に位置しています。

ENCODEでは分子の挙動である生化学的機能とその結果の個体の生物学的役割を明確に区別しています。
前回の記事の内容と重複する知見もありますが、ゲノムはかなり広汎に転写されること、多くのNon protein coding transcriptsが同定されたこと、これまで知られていなかった多くの転写開始点が同定されたこと、転写開始点周囲の制御配列は決して上流優位なのではなく対称に分布すること、染色体とヒストンの修飾が転写開始点の存在と活性を強く予測すること、実験によって機能していることが明らかになった領域と進化的に保存されている領域は必ずしも重複しないこと、多くの機能的要素が哺乳類間で保存されていないこと、つまり生化学的活性はあるものの個体として特異的利点がない、機能的に保存されているが種間で非相同遺伝子的要素であることなどが明らかになりました。

ENCODEは機能解析ですからシークエンスをひたすら行うヒトゲノムプロジェクトとは全く異なり、ゲノムワイドの多くの実験の統合です。35グループがタイリングアレイ、RT-PCR、ChIP-ChIP、RACE、EST、CAGE、PETなどのデータを統合してウェットとドライの結果を出しています。

内容は非常に濃いのでここでは詳しくは説明しません。この論文一つを完全に理解すれば現在のゲノム科学を知ることができると言っても過言ではないような気がします。必要とされる知識も多く、僕も完全には理解していません。

このプロジェクトが終了する未来にライフサイエンスはどうなっているんだろう。
僕は理由なく未来のサイエンスへの興奮を覚える。
“The great ocean of truth lay all undiscovered before me.”
ニュートンが感じた海はいつの時代もサイエンティストの心の中に広がっている。